No.1083  フランネルや毛織物  投稿者:優妃 讃良(ゆい さらら)  着物歴:21年以上  住所:東京都  投稿日:2002-05-29
コメント: フランネルは戦国時代に南蛮人によってもたらされて、使われるようになりました。
生産技術はなかったようであくまで「高価な輸入品」でした。この生地を使った陣羽織などが残っています。
この後、江戸時代には南蛮貿易は長崎出島に限られてしまうので、入手できる人は限られていたと思われます。一般武士や町民の手の出るものではなかったでしょう。
毛織物は石塚さまがお調べのように「唐縮緬」という呼び名の通り中国から輸入されていたと思われます。しかしこれも一般庶民の手にできるものではなかったのではないかと。
毛織物が一般庶民に手に入るような形で国産されるのは明治以降です。
では一般庶民は何を着ていたかといえば、やはり「木綿」です。木綿を袷にして中に綿を入れる「綿入れ」が一般でした。また、極寒の時期には素肌に綿を背負ってその上に襦袢、着物を着るという方法も取られました。
武士の場合は絹ですが、庶民同様に絹の袷に綿入れや「綿を背負う」はありました。
お殿様の場合は着物の数が豊富ですから着かさねですね。襦袢の上に長着が3枚が正式とまで言われています。もちろん、これらにももこもこしないような高度な技術で綿や真綿が伸べられました。
今の「綿入れ半天」や「どてら」に綿入れ着物の係累を見ることができます。

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