No.1090  素足で良いでしょうか?  投稿者:和人  着物歴:ひみつ  住所:ひみつ  投稿日:2002-05-30
コメント: 小千谷縮の着物仕立てました。麻で涼しそうで
街を散歩したり、軽い飲み会などに着て
行きたいのですが、浴衣感覚で素足で着ても良いものでしょうか?

No.1091  もちろん良いですよ  投稿者:早坂伊織  着物歴:21年以上  住所:広島県  投稿日:2002-05-31
コメント: 小千谷を素足で、むしろその方が本来の姿かも知れません。
小千谷は高級な浴衣としても紹介される場合もありますから、安心して下さい。
問題となるならば、その姿でどこに行くか、くらいでしょう。
形式に捕われず、自由に着てください。

そろそろ、この掲示板は書き込みできなくなります。
明日の午前中には新しい掲示板を開設しますので、
これからもどうぞよろしくお願いします。
No.1086  つずれ織の帯  投稿者:和人  着物歴:ひみつ  住所:ひみつ  投稿日:2002-05-30
コメント: 今日知人よりつずれ織の角帯(新品)を戴いた。しかしつずれ織とは如何なるモノかの
価値も解らず、最近は見ない帯でもあり、知識を得たいと思ってます。御存知の方教えて下さい。
No.1087  つづれについて  投稿者:にいにい  着物歴:21年以上  住所:沖縄県  投稿日:2002-05-30
コメント: 和人さん
こんにちは。
綴れ帯とはフランスのゴブラン織りと共に世界の二大織物と言われているものです。
爪の先をのこぎりのようにギザギザに削りその間に横糸を挟んで織っていくものです。
非常に締まりが良い帯です。
だだ、残念なのは中国製が多く出回り、見た目が同じなのですが、全然締まらないのです。
その代わりと言っては何なのですが、最初から柔らかくて締めやすい。
こくないものの良いものは最初は堅くて締めにくいのです。
国内物だったらいいですね
No.1089  にいにいさん。ありがとう。  投稿者:和人  着物歴:ひみつ  住所:ひみつ  投稿日:2002-05-30
コメント: 間違い無く国産です。お婆さんが昔呉服屋さんで大事に保存してたモノとの事。
大事にしましょう。御回答あるがとうございます。
No.1082  ■掲示板リニューアルのお知らせ■  投稿者:早坂伊織  着物歴:21年以上  住所:広島県  投稿日:2002-05-26
コメント: いつもこの掲示板をご利用いただきありがとうございます。
このたび、大幅に使い勝手を向上させた次期バージョンの掲示板が完成しました。
見た目の派手さはありませんが、クッキーの利用や投稿修正機能、
メール通知機能など、かなり欲張った仕様のものになっています。
なお、現状のツリー状のスレッド形式をやめ、返信は一世代のみの仕様になります。
新しい掲示板は6月1日より設置の予定です。
この旧掲示板はしばらく別リンクとして残しますが、現在の発言は新しい掲示板には引き継ぎませんのでご了承下さい。
また、6月1日以降この旧掲示板での発言はできなくなります。既存発言の参照のみ可能です。
このため、完結していないご質問などはお手数ですが改めて投稿して下さい。
また、掲示板へのアドレスも変わりますので、ここに直接リンクしている方はご注意下さい。
「男のきもの大全 掲示板」は、参加者主体の和装に関するコミュニケーションの場としてご提供するものです。
ご質問以外にも、自身の和装に対する想いや経験、こんなことがあって嬉しかったとかよかったことなど、
読んで楽しいお話もできれば気軽にご投稿下さい。
それでは、これからもどうぞよろしくお願いします。
No.1079  冬用の半襦袢to  投稿者:石塚 大祐  着物歴:21年以上  住所:広島県  投稿日:2002-05-26
コメント:  素材が一番気になるんですが、冬用の半襦袢に身ごろ部分がフランネルで出来たのがありますよね。フランネルというのは、江戸時代からあった素材なのでしょうか?もし無いのであれば江戸時代の人たちは、冬はどんな素材の半襦袢を着ていたんでしょうか?誰か教えていただけませんか?なお江戸時代の人たちというのは、武家、一般庶民をさしていて極貧の農民等は含めないで考えてくださってけっこうです。

長着や長襦袢は、毛織物で出来ているのを一般的に着るようですが、その毛織物は江戸時代からあったんでしょうか?また毛は、どの動物の毛を使っているんでしょうか?

 毛織物でもウールと呼ばれるものやモスリン、セルというのがありますよね。(他にどんなのがありますか?)ウールは戦後の衣料不足の時代に、洋服地を和服にして着たことがきっかけとなりはじまった・・・とそこまではわかりました。モスリン(メリンス、メリノ羅紗)は、広辞苑で調べたら江戸時代では「唐縮緬」と呼ばれていたことがわかりました。セルはいつ頃から広まったのかはわかりませんでした。

 戦後になって出てきたウールのような毛織物で出来た和服は欲しくないので、江戸時代からあった毛織物を誰か教えていただけませんか?その素材で仕立ててもらいたいんで。

 また、江戸時代の人たちが着ていた冬の長着、長襦袢はどんな素材だったのか教えていただけませんか?やはり木綿の袷だったのでしょうかねえ。

 それと、山羊の毛を使った長着や長襦袢は生産されていないのですか?
No.1080  すいません・・・  投稿者:石塚 大祐  着物歴:1年未満  住所:岡山県  投稿日:2002-05-26
コメント: タイトルは、冬用の半襦袢と冬用の長着、長襦袢についてです。
No.1083  フランネルや毛織物  投稿者:優妃 讃良(ゆい さらら)  着物歴:21年以上  住所:東京都  投稿日:2002-05-29
コメント: フランネルは戦国時代に南蛮人によってもたらされて、使われるようになりました。
生産技術はなかったようであくまで「高価な輸入品」でした。この生地を使った陣羽織などが残っています。
この後、江戸時代には南蛮貿易は長崎出島に限られてしまうので、入手できる人は限られていたと思われます。一般武士や町民の手の出るものではなかったでしょう。
毛織物は石塚さまがお調べのように「唐縮緬」という呼び名の通り中国から輸入されていたと思われます。しかしこれも一般庶民の手にできるものではなかったのではないかと。
毛織物が一般庶民に手に入るような形で国産されるのは明治以降です。
では一般庶民は何を着ていたかといえば、やはり「木綿」です。木綿を袷にして中に綿を入れる「綿入れ」が一般でした。また、極寒の時期には素肌に綿を背負ってその上に襦袢、着物を着るという方法も取られました。
武士の場合は絹ですが、庶民同様に絹の袷に綿入れや「綿を背負う」はありました。
お殿様の場合は着物の数が豊富ですから着かさねですね。襦袢の上に長着が3枚が正式とまで言われています。もちろん、これらにももこもこしないような高度な技術で綿や真綿が伸べられました。
今の「綿入れ半天」や「どてら」に綿入れ着物の係累を見ることができます。
No.1084  江戸時代といっても  投稿者:田舎もんのトトロ  着物歴:3年  住所:栃木県  投稿日:2002-05-29
コメント: こんにちは、田舎もんのトトロです。

どう説明したら良いのか難しいのですが。
優妃 讃良さんからリプライがつきましたので、
私も付け加えます。

まず、今のきものの着方は、おおよそ江戸中期の頃のもので、さらに、その後、時代の流れにより、
新たなものが付け加えられたと考えるとよろしいかと思います。

お尋ねのように、毛織物(羊毛)は舶来物で、室町時代には伝わっていたようです。
こうした舶来物を入手できたのは、将軍家などの一部の人達のみであったろうと推察されます。優妃 讃良さんも書いてらっしゃいますが。

#ひょっとすると、戦国時代に、堺の商人、たとえば、千 利休たちは入手し、着ていたかもしれませんが。

でぇ、農民を含めて、町民、あるいは下級武士は、江戸時代の初めまでは、麻、それから、今で言う古代布(しな布、藤布など)を着ていたそうです。もちろん、絹も使っていたろうとは思いますが、いわゆる屑繭のものでしょう。

木綿も、室町時代には舶来物で、ごくごく一部の高貴な方々しか入手できなかったそうです。
戦国時代、ちょうど「利家とまつ」の時代の頃から、綿花栽培がはじめられ、下々にも行き渡るほど供給されたのは、江戸中期以降のようです。

ですので、江戸時代でも、初期は、布といえば、絹、麻、そして、古代布しかないと考えて良いと思います。

江戸時代には、奢侈禁止令が何度も出され、華美な服装を戒めましたが、それが、町人の裏優りの美学へと繋がるわけです。
襦袢(下着であって、肌着ではない)や羽裏に
凝ったのです。

一方で、きものを洗うには、洗い張りが行われ、そのときに、繰り回しが行われたのです。
袖口が傷んだら、左右の袖を付け替えるなどを
行ったわけです。
これらは、衣更えに行ったようです。袷だった着物を単にし、寒くなったら、袷にする。さらに、もっと寒ければ、綿入れにする。
四月一日と書いて、わたぬきと読むには、そうした先人の暮らしがありました。

一着のきものをそのように仕立て直して、着たんですねぇ。そのようにして、短くなれば、襦袢(下着)にし、さらに短くなれば、今の半襦袢のようになり、布がぴりぴりとなるまで着て、最後ははたきにしたそうです。

ウールのきものについてですが、男のきものに現れるのは、インバネスなどのコートがはじめでしょう。ただ、これも、明治時代には相当高価だったはず。
良く言われますが、校長先生でないと買えなかったとか。

戦後の衣料不足のときに、ウールのきものというのはどうかなぁ?まず、ウールに布そのものが無かったと思いますが。人絹の銘仙が飛ぶように売れた時代に、ウールがあったとしても、
とても高いと思いますが。

長くなりました。

ごめんなさい。
No.1085  浴衣の活用を!  投稿者:田舎もんのトトロ  着物歴:3年  住所:栃木県  投稿日:2002-05-29
コメント: お晩です、田舎もんのトトロです。

先ほど、書き忘れましたので。

タイトルにも書きましたが、浴衣を活用されてはいかがでしょう。
私も、長襦袢が無かった頃、そして、ウールのきものと絹の長襦袢では静電気がひどいので、浴衣を長襦袢替わりに使いました。なかなか良いものですよ、洗えるし。
ただし、裾捌きは良くないです。ですが、そういうのを経験するのもよろしいのでは?

それから、着物の反物のように、いわゆる伝統のあるものは、江戸時代の、藩の殖産興業が元になっているものが多いですから、それらを調べてもおもしろいと思います。備後絣とかね。

では、ごめんなさい。
No.1078  紳士用裾除けについて  投稿者:石塚 大祐  着物歴:1年未満  住所:岡山県  投稿日:2002-05-26
コメント: 裾除けは、江戸時代の男の人たちも利用していたのでしょうか?裾除けの素材は化繊ばかりで木綿のが生産されていないのです(裾さばきが悪くなるため)。袴の下や長着の下はやはり褌だったのでしょうかねえ??もちろん、長襦袢の上に長着、袴を着る場合は別ですが。僕は、長襦袢は価格が高いし半襦袢は持っているので裾除けを用意しようと思っていたのですが・・・もし、江戸時代の男性も裾除けを使ったいたとすると素材はなんだったんでしょうか?またどういう階級の人たちなんでしょうか?誰か教えてください。お願いします。
No.1077  かづさやさん最高!!  投稿者:石塚 大祐  着物歴:1年未満  住所:岡山県  投稿日:2002-05-26
コメント: 中間考査も終わり本格的に和服集めにかかろうと思って、まずは肌襦袢を買おうと思いました。越中褌が五枚あるので肌襦袢も五枚持っておこうと思いました。近所の呉服屋を全部巡り肌襦袢を探したのですが、気にいるようなのがなかったのです。中には肌襦袢がおいていないところもあり、まいりました。けっこう大きい呉服屋に行ってみたところあったことはあったのですが、細い衿の部分がポリエステル素材で買う気が起こりませんでした(身頃部分は木綿なのですが)。その店で探し求めている物を言い、あるか尋ねましたが「そんなものはない」とのこと。取り寄せも出来ないとのことでした。次に行った店では取り寄せをしたら儲からないと話してくれました。なぜなら運送料を店側が負担するため儲けが少しにしかならないそうなのです。江戸時代にあくまでこだわるので、江戸時代になかった素材が少しでも使われていたら嫌なのです。三越の呉服屋にも行ってみました。あったのですが、やはり衿部分がどうも化繊のようだったので買いませんでした。弱りきって早坂さんのホームページに「かづさや」さんのことが紹介されているのを思い出しその紹介文を再度読んでみました。

「特筆すべきは、注文通りの色やサイズでの別誂えにも応じてもらえることで、値段も既製品と大差ない場合も多く、とってもリーズナブルです。私は肌襦袢や裾除け、化繊の長襦袢などを実際にここで誂えてもらいました。羽織紐なども、好みの色や仕様で誂えてもらえます。また、地方発送などにも応じてもらえますので、気軽に相談してみるとよいでしょう。」

早速電話をし、ご主人が出たので欲しい肌襦袢のことを話すと仕立てないと無いそうなのです。ご主人が言うには、肌襦袢についている細い衿は化繊が登場してから付けるようになったものらしいです。首回りが汚れないために付けたとのこと。江戸時代の武士の肌襦袢には、衿が付いていなかったそうなので僕も衿が付いていない白い肌襦袢を五枚仕立ててもらうことにしました。胸囲と腰回りを伝えると「二週間で出来る」と仰っていました。一枚千六百円で、郵送料(郵パック)は八百二十円でした。合計八千八百二十円。かづさやさんは、実に実に親切で僕はとっても気にいりました。ご主人が、とても詳しく話してくださり近所の呉服屋のように僕を足蹴にしなかったのです。近所の呉服屋は、無愛想で愛想がよくてもあまり真面目に取り合ってくれない店ばかりなので呉服屋に入るときはいつも顔が強張るのです。店側は横柄な態度を取るところもあり、僕は様々な店の中で呉服屋が一番嫌いになりました。和服に憧れる気持ちは変わりありませんが、呉服屋に入ることはためらわれます。一番お世話になりたいと思う店が近くにないことは悲しいことです。しかし、浅草は以前も行ったことがありますが親身になって教えてくれるお店がたくさんあり呉服関係のお店でも浅草の店なら好きになれそうです。(一軒だけあまり気持ちの良い対応をしてくれない店もありましたが・・・)
No.1072  ご存知の方いらっしゃいませんか?  投稿者:綺羅  着物歴:ひみつ  住所:大阪府  投稿日:2002-05-23
コメント: はじめまして。
とても気になることがありWeb検索していたところ、こちらのサイトに少しお邪魔させていただきました。

気になることとは10年以上も前の話なのですが、ある呉服屋さんの店先に貼ってあったポスターのことなのです。
俳優の田中実さんがモデルでした。(とても似合っていて素敵だったのを覚えています。)
CMか何かのキャンペーンだったのか今となっては全然わからないのです。

もし何かご存知の方がいらっしゃいましたら教えていただけないでしょうか?お願いいたします。
No.1088  おそらく  投稿者:にいにい  着物歴:21年以上  住所:広島県  投稿日:2002-05-30
コメント: こんにちは。
たぶんそのポスターは田中実ブランドのゆかたのポスターかと思います
No.1064  茶道用羽織に関する質問  投稿者:宗禎  着物歴:17年  住所:海外  投稿日:2002-05-21
コメント: はじめてまして。私は米国のデトロイトに住んでいる男性です。趣味は茶道で、裏千家のお手前を勉強しています。お尋ねしたいことがあり、投稿させていただきます。

茶道のお手前を行う際に着る羽織(確か『じっとく』という名前だったと思いますが。)はどちらで入手できるかご存知の方がいらっしゃったら、お教え頂ければ有難いです。インターネットで検索してみましたが、内容が若干特殊で一般的な和服のショッピングサイトでは見つけることが出来ず、困っています。また、購入する際には家紋等は必要なのでしょうか。ちなみに我が家は『丸に花菱』です。

貴掲示板を拝見し、茶道同好の方々が大勢いらっしゃるのに意を強くして、投稿する次第です。どうぞ宜しくお願い致します。
No.1065  十得(じっとく)  投稿者:和人  着物歴:ひみつ  住所:ひみつ  投稿日:2002-05-22
コメント: 袈裟みたい羽織らしいですね。茶道具店のHPで調べましたが、販売はしてませんが、それらの店のHPで質問したら教えてくれる(何処で入手出来るか)と思いますよ。京都あたりの着物
店にありそうな気がしますねえ。(無責任ですみません)
No.1066  RE: 十得(じっとく)  投稿者:宗禎  着物歴:21年以上  住所:広島県  投稿日:2002-05-22
コメント: 和人さん、

早速のご返事、ありがとうございます。ご提案のように茶道具店のHPで質問してみます。
No.1067  十徳  投稿者:禿(その筋の人)  着物歴:21年以上  住所:京都府  投稿日:2002-05-22
コメント: 十徳は茶人の偉いさんぐらいしか着用しないので、普通見受けられません。衲(わし)も作ってもらいましたが、寺院用品のルートです。茶と禅とは関係が深いので、禅宗関連の法衣商をあたってみると良いでしょう。
画像と解説はコチラ
http://www.iz2.or.jp/fukusyoku/kosode/27.htm
法衣商参考
http://www.asahi-net.or.jp/~dj7n-nkn/koromoya.html
 #うちは臨済系ですが、仕立の好みで掲載以外のところで作りました。
No.1071  RE: 十徳(じっとく)  投稿者:宗禎  着物歴:21年以上  住所:海外  投稿日:2002-05-23
コメント: 禿さま、

私の質問へのご回答、ありがとうございます。ご示唆のWebはどちらも大変参考になりました。現在、掲載されていた法衣商の一つにメールで問い合わせをしています。今後とも宜しくお願いいたします。

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