「きものを着る訳」

きものを着る理由は、年齢、性別、目的、きものに対する考え方など、人それぞれであり、画一的な答えがあるものではありませんが、敢えて一つだけその理由をあげるとすれば、「好きだから」という一言に尽きる、と思えます。これだけ日本人が自国の中ですら、きものを着なくなってしまった今日、好き好んで着物を着ている人を見て、どうしてなのかを問いたくなる人が多いことも事実ですが、きものに限らず、多くの趣味的な事象に対し、果たしてこれ以外の的確な答えがあるでしょうか。

たとえば、私がきものを着る訳は、肌に合う衣類であること、着ていてとにかく楽なことが理由ですが、具体的にそれがどんな風にかを説明するのは骨が折れます。というのも、その理由の多くは、感覚的、嗜好的な世界のことであり、言葉や文字だけで理解してもらうことは難しいからです。とにかく一度体験したら「これはいい!」と病み付きになった、そんなところですが、きもの独特のこの感覚を知ってもらうには、一人一人が自ら体験し、判断してもらうほかないと思っています。そしてそれが、「好き」か「嫌い」かは個人の感覚次第と言うことになります。

きものに袖を通し、そしてきものにハマるきっかけも、人それぞれに違うものですが、いずれの場合でも、「きものそのもの」の着心地や見た目のカッコ良さ、ファッション性などを受け入れ、結果として自らの好みに同調したからに違いありません。要は、「好きだから」という理由で必要十分だと思うわけです。もちろん、様々な目的での衣装として「着なければならない」場合もありますが、きものと縁のある事柄に関与しているいないに関わらず、「好きであること」は、最も説得力のある理由と言って良いのではないでしょうか。ですから、心の底ではきものが好きと叫びつつ、きものを着るための理由をわざわざ他に探す必要はないのです。

少し話は変わりますが、好んで着物を着る人のタイプについても興味深いことがあります。このホームページを開設して以来、現在までに非常に多くの方のお話やご意見を伺う機会を得ることができましたが、総じて感じているのは、好んで着物を着る人を注意深く分析すると、大きく2つのタイプに別れるということです。つまり、ひとつは超初心者そしてもうひとつは精通家を目指すタイプの人です。まず、初心者の多くは、和装に対し何の先入観も持っていないが故に、逆に和装において何が普通のことなのかわからない人がほとんどです。かといって、きものの全てが知りたいわけではないと思われます。一方、精通家タイプの人は、あらゆる側面に対し「正式」や「由来」を気にかける傾向が見受けられます(もちろん、それらを知った上で自由な着こなしを楽しみたいということに他ならないと思いますが)。つまりきもの愛好者も乱暴に分類してしまえば、これらの二極分化した方向に分かれつつあると言えるのかも知れません。もしも、この分析が事実であるならば、やはり初心者タイプの人々にも、安心してきものを利用してもらえる環境を整えることこそが、急がれる課題ではないでしょうか。あまりに難しいことばかり発信し続けていたのでは、選択肢の多岐に渡る現代で、きものを広く受け入れてもらうのはますます難しくなってしまいます。

このホームページでは、男性の和装に関するかなり広範囲な情報提供を行ってきましたが、前述のようなことも背景にあり、敢えて意図的に詳細な解説を掲載していない分野があります。それは、織物の種類や技法、産地、製造方法などの情報についてです。もちろんそれは、着物業者ではない私個人の知識や経験不足も理由の一つなのですが、それらの解説が着物を着る上で何を差し置いても必要であることとはどうしても思えなかったからです。これらの情報は、必要とする人が必要な時にだけ参照可能であれば十分であり、また、知りたいという意志があってはじめて有益な情報力となるべきものであると思います。また、これらの情報は他のページや書籍など、解説している情報源が比較的多いことも、大きな理由のひとつです。

よく聞く話で、買い物に行くと、一反の反物を前にして、まずは産地、染や織りの種類、さらにはそれぞれの製造工程、果ては蚕の養殖方法から歴史的背景まで、延々と説明されることがありますが、一般の買い物客に対してこうした解説が果たして必要なのでしょうか?知りたいのは、素材や色柄の実際の感触、取り合わせの工夫やポイント、そして最終的には似合うか似合わないかというセンスの問題、そして価格です。余計なことかも知れませんが、売り手側に多いこの種の勘違が、往々にして新規顧客、それもきもの初心者をリピーターにできない原因になっているものと考えられます。

言うまでもないことですが、着物を着るというのは、伝統技法の知識を着る訳でもなく、ましてや産地のデータを纏う訳でもありません。大切なのは、着ることの喜びを感じ、きものを思い受け入れる心ではないでしょうか。きものを実際に活用することで、きものの存在価値は最大限に全うされるものと信じています。そしてそのことが、きものに関わる全ての人々に対する感謝の意にもなり得ることでしょう。

もっと気軽に、もっと普通に多くの人が着物を活用するようになるには、きものが着物である前に、「衣服」であるという点を重視し、様々な側面と観点からきものを語る機会が必要になって来るでしょう。また、きものを着るための前提条件と言うのも、本来は何も無いはず、と思っています。初心者であろうと、玄人であろうと、服を着るのに条件も何もありません。きものだって好きなように着て、好きなように行動すればよいのです。気軽に誰もがきものに袖を通して出歩ける、そんな雰囲気を早く浸透させたいものですね。



1999年6月14日 掲載
    
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