「日本人としてのロマン」

いろんな取材で必ずと言ってよいほど聞かれることのひとつに、「男のきものの魅力はどこにあるとお考えですか?」というのがあります。具体的な魅力は、恐らく誰もが感じる着心地の良さと、意外なほど着ていてラク
な事実だと思いますが、きものの魅力はなかなか一口には語れないものです。着馴れると、着物でないと落ち着かないほどハマッてしまうこともしばしばですし、その形状デザイン自体が古くならないことも魅力のひとつとなり得ることでしょう。

きものは、実用性とファッション性の高さを兼ね備えた非常に完成された衣服です。洗練されたスタイル、袴のシルエットなどデザイン性も抜群で、とにかくカッコいいのです。男の変身願望を実現できるアイテムであると言うこともできます。また、布や仕立ての良し悪しによって、着心地の良し悪しがすぐに感じられるのも、魅力のひとつであり、楽しさでもあります。


こんな風に、きものに対する魅力の捉え方は人それぞれだと思いますが、少なくとも私は、きものにある種の「ロマン」を感じます。少し大げさに言えば、それは「日本人としての最後のロマン」とでもいうべきものです。日本人としてのアイデンティティを再認識する上で、きものという日本独自の文化的な衣のアイテムに、「ロマン」が漂うのを感じます。

どこかノスタルジックでいとおしくさえ感じるきものには、様々な素材の織り成す光と影が、そして身に纏った時の温もりや冷たさが、我々日本人のDNAに眠る心地よい記憶を呼び覚ます能力すら秘めていると言えば少し大げさでしょうか。ともかく、きものを身に纏うことで、日本人であることを再認識で
きるだけでなく、精神面も含めた全く新しい世界が開けることを、きものを愛する人々なら実感されていることでしょう。きものは、着る事自体が楽しく充実感を覚える衣服です。日本人がこんなにも利用価値が高く心身ともに喜びを満たしてくれる衣服を、日常から捨て去ってしまったのは未だに信じがたい話です。

ところで、突然変なことを言うようですが、以上の話はきもの好きな皆さんに対してならではの話であることを、ここで再認識しておきましょう。つまり、きもの愛好者同士でなら、このようにきものの素晴らしさを語り合い、お互いがそれを確認し合うことで楽しさを共有することができます。しかしながら、私に洋服の素晴らしさをどんなに語られても、暖簾に腕押しであるのと同様に、きものに全く興味のない人にきものの素晴らしさを知ってもらおう、理解してもらおうというアプローチは、下手をすると価値観の相違を押し付けることにもなりかねません。それよりも、既に十分きものの良さ、素晴らしさをわかっている人達への充実したアプローチを考えるほうが賢明だと思うのです。それらの人の反響が、やがては興味のない人へも影響を与え、結果的にきもの人口を増加することになると考えるほうが現実的だとは言えないでしょうか。


急がば回れ。これからも、きものにロマンを感じつつ、身近な感覚できものを生活に取り入れ、一つの方向性としての
きものを、提案し続けてゆきたいと思っています。

1999年7月25日 掲載
    
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