「執筆裏話(その1)」
最初、「はじめに」と題したまえがきがありましたが、全体の構成を見直した結果、最終的にカットとなりました。代わりに、完成稿の第一章「和服姿の基本セット」の冒頭に、この「はじめに」にあった文章の一部(青字の部分)を編集しなおしたものを掲載しています。今となっては、必ずしも必要な文章ではなかったと感じる部分ですが、執筆開始当初に書いた文章のためこれは仕方のないところです。そんな「はじめに」を、HP上でのみご披露いたします。
(ちなみに、全体を通じて一番最初に書き始め、完成させた部分は「あとがき」の部分でした)

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「はじめに」
 私は二十五年以上にわたり、日常生活の中で和服を愛用し続けています。だからと言って、特別に和服や和装と縁が深い環境で生まれ育ったという訳ではありません。和服を着ていると必ず誤解を受けることの一つですが、およそ世の中の人が和装と縁があると結び付けて考えるような事柄(着物業者・伝統芸能・武道関係など)とは縁のない生活をしています。私のきもの暮らしは、主に家庭着・普段着としての着物が中心で、まさに洋服の代わりに和服を着ているという意識でしかありません。
 
今時、それも男性が和服を着て生活するというのは、相当珍しいことに違いありませんが、これからもきものでの暮らしは止められそうにありません。その訳を敢えて一言で言うならば「きものが好きだから」ということに尽きます。そしてその着心地が「本当に楽で気持ち良い」からこそ、私は和服を着続けているのです。
 本当にそれだけの理由で?と問われそうですが、衣装や装束としてではなく、衣服として着物を着るのに何も特別な理由は必要ないと思うのです。わざわざ着物を着るために、「肩書き」や「目的」を求めなくても、「きものを着ること自体が好き」であれば、それだけで立派な理由だと言えます。これまで多くの人が目や耳にしてきた、きもの推奨・きもの賛美の言葉の中には、「日本男児の真髄・日本人の精神文化・日本の伝統美・日本の民族衣装」などの言葉と共に伝統文化の中でのきものの継承を呼びかけるものがほとんどで、実用面や着ることの楽しさ、心地良さをスタンスとして語られることは非常に稀でした。もちろん、実際に着物を着てみると、そうした精神論の世界を自然と感じることができるのも事実であり、それも和装の魅力の一つではありますが、それらは敢えて幾度となく力説しなくても、ほとんどの人は十分理解しているものと解釈しています。
 さらに、誤解を恐れずに言えば、伝統的な儀式やお祭り、習い事などで着用する場合は別として、例えばファッションとして着物を着るのに、日本の伝統や文化までを果たして意識する必要があるのかも疑問に思います。どういうことかと言いますと、Tシャツやジーンズを着るのに、いちいちその歴史や文化を考える人はいないでしょうし、毎日使う茶碗や箸を手にするたびに、その伝統や謂れを感じることはないのと同じように、普段着やファッションとしての着物くらい、洋服と同じ感覚で気軽に着てもOKだとしなければ、着物はますます特別な衣服となってしまうという事です。
 そこでこの本では、できるだけ固い話は抜きにして、肩の力を抜いてきものを感じてもらえるような内容を第一に考えることにしました。

 その前に、やはり少しきものの現状にも目を向けておくことにしましょう。
 日本人がごく当たり前に着用してきた衣服としての着物は、明治以降急速に日常生活の中から姿を消し、多くの人にとって、着物を着て街を歩くというのは、時代劇の扮装をして人前に出るような感覚があるようで、まずは恥ずかしいという意識が先に立つようです。その上、「きもの」=「特別な服」という認識が必要以上に定着し、着物を着るということ自体が、非日常的な行為とさえ思われているのが現実です。
 もちろん、伝統的な事柄を通じて着物好きになるケースも多々ありますし、着物を語る上での伝統や文化そのものは、それ自体素晴らしいものであることは説明するまでもありません。ところが、それらを普段着の着物と同じ視点で語ることは、多くの誤解を生むこととなります。一口に「きもの」・「和装」と言っても、さまざまなジャンルの世界のものがあるという前提を正しく理解することこそが、きものを楽しむ第一歩であると考えます。そしてまた、普段着としての和装の世界にも、さらに同じことが言えるのです。
 それから、和装そのもののイメージは決して悪いわけではないのに、一般社会の中でそれを着用することは、ある種の勇気を必要とする行為であることも疑問に思わねばなりません。なぜなら、自国のオリジナルウェアであるにも関わらず、きものを着ているだけで、しばしば奇異な目で見られ驚かれてしまうからです。驚かれるだけならまだしも、よほどの変わり者か何か特殊な人間だと思われ、とたんに肩身の狭い思いを強いられる羽目になることも稀なことではないのです。これでは、ただ好きできものが着たくても、それを躊躇してしまう人が増えるのも無理はありません。
 きものがこんなにも急に廃れてしまったことについては、「洋風化した生活習慣の定着によるもの」というのが、紋切型に繰り返されるその主な理由です。ところがこれは、いくら西洋文化が日本文化の中に入り込んで来たからと言って、衣食住における衣服以外の生活習慣が、和洋違和感なく共存していることを考えると、とても納得のゆく理由とは思えません。「和食」や「和室」と同じような感覚で「和服」が理解され、意識もされていれば、日常の生活レベルでほとんど選択されないなどということは、あり得ないはずだからです。
 このような背景や意識と共に、着物を着る人が激減し、なおかつ着用目的がフォーマル中心に移行した(させた?)ことを理由に、着物業者をはじめとする人たちが、わざわざきものを着る機会を提供する状況にあることも、考えてみれば奇妙な話です。
 職業柄にせよ、愛好者にせよ、広くきものを着る人に対する社会的な意識の在り方を、変えることが可能であればそれに越したことはありませんが、少なくとも、和装に再び市民権を得るためには、きものが衣服であるということを忘れてしまった(と思える)日本人の心を、何とかして取り戻す必要がありそうです。きものに日常性を取り戻したいという願いは、多くの和装ファンにとって悲願の一つであると言えるでしょう。

 そこで、そんな願いを具現化するための一手段として、一九九七年十二月に「男のきもの大全」というインターネットのホームページを開設しました。このホームページでは、男性が和服を着るために必要な実用情報やきもので暮らす楽しさを紹介すると共に、慣習に捕われずもっと自由にきものを楽しもうという提案をしながら、多くの情報を発信し続けています。もちろんこの本も同じスタンスで書きました。きものは何も女性だけのものではありません。むしろ男性の方が、和服を着たいという願望が強いのかも知れないと思うほどです。
 ただし正直なところ、開設当初は「男のきもの」という、現在では非常にレアなテーマに対し、世の中の人の関心がどれほどあるのかは半信半疑でした。ところが蓋を開けてみると、四年間で約二十二万件ものアクセスを記録し、想像以上にきものに関心のある人々が多いことを知りました。好評を博した理由はいくつか考えられますが、豊富な男のきもの情報を提供したことに加え、きものに対する自由なスタンス、そして作者である私自身が着物業者ではないことなどが多くの人の関心を呼んだものと思われます。
 そんなきものファンの関心度をより具体的に知りたいと考え、ホームページ上で一九九八年に実施したアンケートでは、半数近くである四十八%もの人が「きものを毎日着たい」と答え、四〇%の人が「年中着たい」とも答えています。「どんな時に着たいか」との問いに至っては、ハレの日の衣装やユニフォームとして以外の目的、すなわち「普段着、外出着、仕事着、ファッションとして着たい」という人が、実に八十四%にも上る結果となりました。しかも、これらの回答者の七〇%は着物歴が数年未満の若い人たちばかりなのです。
 これらの結果は、回答者全員がきもの好きであることを差し引いても、きものをもっと普通に、もっと自由に着たいという人が大半を占めているということであり、私の提案する想いと共通するものです。また、インターネットへのアクセス者だけの結果であることを考えると、その潜在的なきものファンの数は想像を絶するものがあると思えてなりません。
 これを裏付けるかのように、一九九八年秋より、年に一度実施している「男のきもの大全会」にも、毎年大勢、老若男女のきものファンが全国から集結しています。私の主催するこの会は、きものを着る自由を広げ、きもの仲間を応援することを趣旨として始めたもので、毎回新たな和装の可能性を感じるほどの熱気に包まれています。
 このように、同じ思いと趣向を持つ者同士が語り合い、楽しさを共有することができる世界ほど心豊かなことはありません。私を含め多くの人々は、そうした想いをぶつける相手を得られないまま、なおかつ着物に対する誤解を解き放てないまま燻り続け、永い時間を費やしてしまっていただけなのかも知れないのです。そして今、ようやくにして、堂々と着物を語り、和服を着ることを楽しむ時代の幕開けが、少なくともこの本を手にした貴方から始まろうとしているのです。

 
この本では、きもの愛好家としての立場から、私自身の実体験を中心とした、普段着の和装・和服を中心に、きもの生活の楽しさ気持ちよさを、また、男性がきものを着て実際に生活する上での実用情報などを可能な限り収録しました。また、きものに対する多くの誤解や謎を少しでも解明できるようにと心がけています。
 和服がどういうものかを理解するには、どんな情報を得ることよりも、「ともかく実際に着てみる」ほかはありません。特別な技術や知識、データやテクニックなどが、和服を着るために必ずしも必要となるわけではありません。だから安心して袖を通してみて下さい。また、きものに関する歴史や薀蓄についても、知れば世界が広がりますが、それらに興味がなくてもむろん大丈夫です。もちろん基本を抑えることは重要なことですが、きものを着て楽しむ世界は、そうした教科書的な情報を得ることよりも、ひたすら馴れと経験、すなわち実践こそが必要な世界です。そしてまた、そのこと自体が楽しい世界なのです。
和服を堂々と着こなすには、まず何よりも「自信を持つ」こと、そして「胸を張って堂々と歩く」ことです。この二つが身につけば、何も恐れることはありません。
 心地よい和装の世界へ足を踏み入れるための勇気と知恵を得るために、わずかでもこの本がお役に立てば幸いです。次のページをめくる興味が湧いてきたなら、あなたはもう立派なきものファンの一人です。
                                       二〇〇二年 三月  早坂伊織
2002年10月20日 掲載
    
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