「きものが呼んでいる(後半)」
和服は秘密

 着物への興味がピークに達したのは、またしてもテレビというメディアによる影響で、昭和五十二年(一九七七年)にNHKで放映された少年ドラマシリーズの「幕末未来人」という番組を見た時でした。眉村卓が原作のこの作品は、二人の高校生が幕末の横須賀にタイムスリップしてしまうSFミステリー作品ですが、何と言っても自分と同世代の高校生が主人公ということで、すっかり主人公になりきって放送を毎回楽しみに見ていました。古手川祐子さん扮する謎の美少女も当時話題になりましたが、恥を忍んで打ち明けると、私は謎の美少女のことよりも「自分も江戸時代にタイムスリップしたい!」なんて馬鹿げたことを本気で思っていたのです。
 なぜこの番組がそんなにまで好奇心を釘付けにしたかと言うと、劇中で高校生の着物姿が見られたからです(実際にはわずかなシーンでしたが)。番組の終盤で、主人公の一人は新撰組の衣装を着ていたのですが、同じような体型の子が和服姿で登場するたびに、補正はしていないのだろうか?とか、自分で着替えるシーンはないだろうか?とか、とにかく自分の興味の的に置き換えて、何か知りたい情報が得られないだろうかと期待したのです。

 そんな風にして毎日欠かさず着ていた着物も、高校時代の修学旅行の四日間だけは着るのを諦めざるを得ませんでした。しかしながら、着物を着るのは既に気分転換の一つでもあったため、私にとっては十分満足できるきもの暮らしと言えました。
 高校三年の受験の頃の冬は、家に帰ると浴衣の上に丹前を重ね、茶羽織かウールの羽織を羽織って勉強していましたが、第一志望だった東京の大学には進学できず、地元の大学に入学することになりました。いま思えば、もしもあの時、自宅を離れて暮らすことになっていたら、あるいは着物での生活は続いていなかったかも知れません。
 人生なんてそんなものですが、大学に入ってからも、着物を着たり脱いだりの生活は飽きることなく続けていました。大学に着物で通うほどではありませんでしたが、ゼミの学生と行った夏休みの合宿には作務衣や甚平を着て行き、先生の家に友人と年始の挨拶に行った時にも着物で行きました。
 もちろん和装なのは私一人で、ずいぶん変わり者扱いされましたが、既に開き直っていた私は、年に何度かそうして着ることだけでも十分幸せだったのです。一日中着物で通して生活することに拘るよりも、周囲と歩調を合わせながら、楽しく気分よく暮らしてゆくほうが気が楽であると考えるようにもなりました。家に帰ってから着物に着替え、休日を一日和服で過ごすだけで、十分きもの暮らしをしているという実感があったからです。
 
こうして振り返ると、ずいぶん肩身の狭い思いをしながら、恥ずかしいことも経験してきた孤独なきもの時代でしたが、少なくとも和装を自分の生活に取り入れたことによって、他人の知らない世界を数多く知ることができたのは事実です。きものとの出会いは様々な意味において、その後の私の人生を少しずつ変えてゆくことになりました。

仲間との出会い

 社会人になる時、きもの好きだからと言って、和装業界に就職しようなどとは、実は一度も考えたことがありません。もちろん和服で通勤できる会社があれば願ってもないことでしたが、標準的な洋服での会社務めを始めることに何も抵抗はありませんでした。以来、現在に至るまで、仕事は洋服、それ以外の時間は和服という生活を送っています。
 仕事着を洋服で通しているのは、結局のところ私にとってその方が仕事がしやすいからに他なりません。私はコンピューター会社でSE(システムエンジニア)という仕事に就いていますが、これは職業的にも物理的にも着物だと不自由で仕事がしにくいという意味ではありません。ともかく着物を着ているだけで、「どうして着物を着ているのか?」という疑問と興味を浴びせられ、事あるごとに、あるいは人と会うごとにそれを説明しなければならないのは火を見るよりも明らかであり、年中そんなことを繰り返すくらいなら、洋服の方がよほど楽であると判断しているためなのです。そんな気遣いが不要な世の中になれば、もちろん公私共に和服で通すことでしょう。
 しなしながら、別の言い方をすれば、洋服を仕事着として着用することで、プライベートに和服を着る愉しみを残しておくという、割り切った衣生活であるとも言えます。実はこの方が和服も洋服も格段と長持ちするという利点もあるのです。

 私は決して洋服を否定してはいません。現代の生活の中で、選択が可能な衣服としての和装洋装を、それぞれ用途や気分に応じて楽しめばよいと考えます。その方がよほど自然なきものとの付き合い方であるとも感じています。

 洋服と和服を両方とも着用していれば、双方のメリット、デメリットについて身をもって知ることが出来ます。だからこそ、日常の衣服として心地よい和服を選ぶことが楽しみなものになるとも言えるのです。何事も、相手を知るにはやはり相手の懐に入った見地が必要で、可能な限りそれを自分自身が体験してこそ、その良し悪しを語ることができるものと認識し、できるだけそれを実践するようにしています。
 そんな考えを頭の片隅に置いて、きものを着たり脱いだりする毎日ではありましたが、
やはり一人くらいはきもの好きな仲間が欲しいものだといつも願っていました。とは言え正直な所、私自身も「今時和服を着て生活している人間などこの日本に一体何人いるのか?」と自問自答するほど、和装人口の稀少性については認めていましたので、積極的に自ら仲間を求めるような行為など思いつくことすらありませんでした。
 
ハッキリ言って、どうせ探しても無駄であろうとさえ思っていました。女性であれば着付教室はたいていどこの町にでもありますから、そこで仲間を作ることもできたでしょうが、男の着付教室というのがあるとは考えもしませんでしたし、第一もう着付を習う必要性もありませんでしたから、全く偶然の出会いなどあり得なかったのです。
 そんな状況でしたから、稀に和服姿の男性を見かけると「一体どんな職業の人なのだろう?」と思う始末で(自分もきっとそう思われているはずですが・・・)、その都度話しかける勇気もなく、またその必要性も感じられないまま年月だけが過ぎて行きました。
そして結局の所、何年経っても誰一人として同類の仲間が現れることなどありはしなかったのです。



2002年10月20日 掲載
    
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