「真直な空」

きものは現代生活をアクティヴに楽しむには不自由な面が多いと嘆く声もよく聞かれます。確かに、たびたび話題に上る袴でトイレの問題も、洋服の方が楽ですし、階段の上り下りも慣れるまで注意が必要です。強風に煽られると着流しの裾はめくれ上がるでしょうし、自転車やバイクに乗るのも一見不都合そうです。そして最も憂鬱なことと言えば、やはり雨の日の外出ということになるでしょう。雨具の用意や帰宅後の手入れの手間などを考えると、ついつい洋服に傾いてしまう心理もよくわかります。いいえ、もはやこれらのデメリットを否定するつもりはありません。きものであるがゆえに制約される物理的な状況や現象、“慣れ”を会得するまでの心理的な不安など、むしろあって当然とも言えることばかりです。これらのことは、着慣れしているかどうかだけでなく、着物しか衣服がなかった時代と違い、社会全体のしくみや家屋、街並みなどの構造が、きものでの行動に不向きなものとなってしまっていることも大きく影響しているからです。

ところがきものには、列挙にいとまがないようなそうした不自由を承知の上で、なおかつ袖を通したくなるような、深い魅力を感じる世界があるから不思議です。もちろんそれほどきもの好きになってしまったら、の話ですが。別に開き直るわけではありませんが、“不自由を楽しむ”こともきものの楽しみの一つになってしまうのです。きものに制約される不自由さがあればこそ、きものをいとおしく思ってしまう人さえいることでしょう。このあたりの感覚は、きものをファッションとしてだけ位置づけて生活に取り入れようとした場合には、あまり理解したくないことかもしれません。いいえ、決してそういう感覚を持ってきものを着てほしいと言っている訳ではないのです。現在の日本は、あまりにも便利な世の中になりすぎて、50年あるいは100年前には誰一人不自由だと感じなかったことにさえ不自由を決め付けるような部分があるのではという意味です。そんな風に思えれば、きものの不自由は不自由のうちに入らなくなるのです。

ある人の説によれば、現代人は江戸時代人に比べ、数千倍のスピードで生活していることになるといいます。きものを着れば時間の流れが急に緩やかになるわけではありませんが、不思議なことに多くの人が心理的なゆとりを覚えるようになっていくようです。ただ最近耳にする、「スローライフ」とか「スローフード」という言葉は今ひとつ好きになれません。きもので何年も生活していたら、そんな言葉を使わなくても、前述の不自由さのおかげで、無意識に彼らの言うライフスタイルを送って来たと言えるからです。ここで大切なポイントは、不自由を知った上でそうとは感じず、楽しささえ感じていることにあります。たとえば、きものは窮屈な上に着崩れもしやすいと多くの人が思っているに違いありませんが、これは誤解です。着崩れやすい構造だからこそ、着ていてラクなのです。そういう意味で全く着崩れしない着付け法などなく、逆に長時間着ているのが窮屈でしかない着付け方は、着物を楽しむには向いていないと言えます。そうしたことが一度解ると、きものはどんどん心地よいものになってゆくはずです。

とはいえ、以上のような話は、「真直な空」がどんな空かを言葉で説明するのと同じくらい、文章だけ読んでイメージしてもピンと来ないことかも知れません。それを確かめてみようという好奇心があれば、ぜひきものに袖を通してみてください。「真直な空」がどんな空かを知ることができることでしょう。きっと想像もしなかった空がこの世にあることを。




2003年08月26日 掲載
    
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