| ■ただ好きだから、私は着物を着ています。 |
私、早坂 伊織(はやさか いおり)は、1962年広島市生まれ、本業はコンピュータメーカー系のSE(システムエンジニア)、いわゆるごく普通のサラリーマンです。ちょっとだけ他人と違うのは、プライベートな時間のほとんどを着物で生活していること、でしょうか。ただし、仕事着はスーツにネクタイです。別に頭から洋服を否定しているわけではありませんから。着物は、単に好みの服装として愛用しているに過ぎず、着物関係の仕事はもとより、伝統芸能や武道関連にも縁のない生活をしております。着物を着たいと言う第一目的のために、たいして興味のないそれらのことに手を出すつもりはなく、自由奔放に和服生活を楽しんでいます。また、決して無理をして着物を着ているわけでもありません。着物以外の衣服を着ていると、どうにも落ち着かないのです。つまり、私にとって着物とは衣服であり、ワードローブのひとつです。着物は、現代のライフスタイルには合わないとよく言われます。確かにそういう一面もあるのは否定できませんが、それでも何より着物が好きで仕方ないのです。好きだから、着たいから、私はただそれだけの理由でいつも着物を着ています。
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はじめまして(自宅近くを愛犬と散歩)。 |
ところで、このホームページだけを見ると、東京近郊に住んでいるものとよく間違われますが、現在も生まれ故郷の広島市で家族4人+犬2匹(ミニュチュアダックス)と暮らしています。私以外の家族は残念ながら着物は着ません。夫婦そろって和服で出かけるということも滅多にありませんが、それらを残念に思うこともほとんどありません。気が向いて好きになるならそれもいい、くらいに受け止めています。そんな和服は趣味というよりも、私にとっては生活の一部でしかありません。そう、衣食住の「衣」である、普段着としての着物を好んで愛用しているに過ぎないのです。そんな大好きな和服をテーマに、1997年12月、個人サイトとしてこのホームページを開設しました。
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| ■和服との出会い |
和服との出会い・・・というよりも、最初に興味を持ったのは、母が着物を着る姿を子供の頃によく見ていたことに遡ります。母は結構着物が好きでよく着ていましたが、父が着物を着ているのは見た記憶がありません。母が着物を着るのは面倒に見えましたが、なんとも着心地はよさそうでした。同じ頃、父と一緒によく見ていたTVの時代劇番組の影響も少なからずあったようです。また、家によく来るお坊さんの着物も気になってました。正絹の白いしなやかな着物と黒いスベスベ感のある法衣が、気持ちよさそうで触ってみたくてたまりませんでした。当時は、あの衣装を着てみたいがために、お坊さんになりたいと思ったくらいです。
あるとき(中学1年の頃)、「そんなに気持ちいいものなのか?」ということが確かめたくて、親がいない時に和ダンスの中を物色し、男物の着物を見つけました。結構柔らかい着物でしたが、多分大島だったろうと思います。洋服を脱いで着物を羽織り、見つけた兵児帯を適当に締めてみました。それは思ったより軽く、肌触りのよいものでした。けれども着付けはさすがにいい加減だったので、それ以上はよく覚えていません。父は着物を着ないということを知っていたので、その大島の着物はこっそり自分の部屋に隠しておき、親の目を盗んでは着付け方を工夫してみました。纏うたびに洋服にはない肌触りが私を魅了し、なんとか「正確に」着てみたいと思うようになりました。
その後も家中を密かに物色し、父が子供の頃には既に亡くなっていた祖父の着物や、紋付袴まで見つけ出し、それからというもの、和装関連のデータを集め(本や雑誌、時代物小説、TVの時代劇なんかの映像が中心でした)、帯の結び方を研究したり、家にはなかった角帯や男物の足袋をデパートの金融品の特売などで安く買ってきたりして着物を着る「研究」をしたものです。さすがに補正のいらない体型ではなかったので、タオルを重ねて縫い合わせ、両端に紐をつけた専用の補正グッズをあれこれ自作してみたりもしました。やはり人に話すのは恥ずかしかったので誰にも聞けず、ただ一人でこっそりとやってました。(今思えば暗い過去ですね〜^^;)
高校生になったとき、母にそれとなく着物の話を打ち明けて、ようやくウールの着物を一揃え買ってもらうことができました。親はお正月に着るために買ってくれたのですが、家にいるときは暇さえあれば着ていました。パジャマもやめて市販の寝間着を着て寝るようになり、受験の頃の冬は家に帰ると丹前に茶羽織でやっていました。一緒に暮らしていた弟や父親も、別に何も言わなかったと思います。もっともその頃はほとんど家の中だけで着ていましたが。夏は浴衣か、祖父のもので丈が短いものでしたが、木綿や麻の単の着物があったのでそれを着ていました。当時は夏物の襦袢などは持っていなかたので、下着は洋服のものをそのまま着ていました。肌襦袢などの純和装肌着を覚えたのは大学に入る前くらいだったと思います。
こんな調子ですから、私の場合、お茶や剣道を習ったのがきっかけでもなく、ごくごく自然に日常生活の中から興味を持ち、最初は見よう見まねで和服を着ていました。今も昔もこうした環境は大差ないと思います。着物を着る機会がないと、一般的にはどうしても着てみようと思わないものでしょうが、和服を着るための特別な理由などわざわざ探す必要はないと思うのです。着物は「衣装」としても利用はされますが、何といってもその前に「衣服」なのですから。
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| ■私の和服生活 |
かれこれもう25年以上和服を愛用しています。家に帰ると和服に着替え、休日は和服、寝るときは年中浴衣の寝間着という生活です。私にとって和服を着ることは、もはや日常生活の一部であり特別なことだとは思っていません。ほんの何十年か前までは、そんな光景が日本の至る所で見られたことと思うのですが、現在は和装そのものが特別視されており、非常に残念です。身につけることがこんなに気持ちよい衣服はないと思います。本当はもっともっと身近にあるはずの「きもの」。日常着というジャンルのきものにも、ぜひ目を向けて実際に活用してほしいものです。
あるなじみの呉服屋さんの話では、家に帰るとやはり和服でなきゃ駄目という方が、現在でもかなりいらっしゃるそうです。和服がどういうものかを知ってもらうには、何よりも実際に着てみてもらうほかありません。ともかく和服でいると、私は非常に楽でゆったりできます。加えて五感を刺激する心地よい肌触りが得られるので気分もいいものです。和服の心地よさにハマッて以来、襦袢や下着の肌触り、角帯の締め心地、足袋の履き心地の良さなどに、たまらない快感を感じており、和服の生活は一生やめられないことと思います。それどころか、生活の全てを年中和服で通すことを真剣に望んでいるくらいです。今はサラリーマンなので、会社に行くときだけはやはりスーツにネクタイなのですが、洋服と和服とを着分けることも特別なこだわりはありません。また、私の和服生活は主体が日常着ですから、和服はあくまで自然体で着ることを心がけてるつもりです。つまり、和服を着ているということを一々意識しないで自然に着るという意味で。
帯はもっぱら角帯を貝の口か片ばさみに結びます。兵児帯は嫌いでほとんど締めたことがありません。角帯なんて、ネクタイを締めるのと大差なく、締めなれた帯であれば締めるのに1分とかからないものです。あと、普段着るときは長襦袢にも着物にも腰紐は使いません。慣れると角帯一本で一日着ていても、それほど着崩れることはないのです。普段はウールや厚手の木綿の着物でいることが多いです。夏は浴衣か綿縮などの単衣の着物で、甚平や作務衣は滅多に着ません。なにしろ、角帯を締めていないと落ち着かないものですから。
和服の時の下着は、褌(ふんどし)を締めます。今どき褌なんて、と思う方もいらっしゃるかと思いますが、結局、着物の下着として最も理に叶っており、便利この上ないからです。決して無理して懐古趣味に走っているわけではありません。例えば、ブリーフやトランクスを和服の下に着けているより、褌の方がトイレの時もはるかに始末が良いのです。また、上半身も洋装肌着のシャツではなく肌襦袢を着ます。何より晒木綿の肌触りの良さと、肌に密着しない開放感ある着物本来の着心地が楽しめるからです。和服を本格的に着ようと思っているなら、ぜひ下着も見直してみてはいかがでしょう。
家の中には普段着の着物や帯がいつも鴨居に掛かっており、物干しには肌襦袢や足袋が下がっています。そんな普段の和服生活について、まだまだご紹介したいことがたくさんありますが、この続きはどうぞホームページの中でお確かめ下さい。
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最後になりましたが、私のHP開設に際して多大なご支援、ご協力を頂いた以下の方々に、心より感謝の意を表しますとともに、厚く御礼申し上げます。今後ともどうぞよろしくお願いします。
(掲載順は順不同です)
1997年12月 早坂伊織
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